適応障害
個人が環境にうまく適応できずに(不適応になり)、抑うつ状態などの様々な症状が出てしまう状態のことです。
これだけを読むと「ある個人が適応障害になったら、その個人の適応能力が低いということなのかな?」と思われるかもしれませんが、決してそのような意味ではありません。
たとえば、孤立無援な状況で残酷ないじめを受けているような環境や、ブラック企業で過酷なノルマを課せられて不眠不休で働き続けている環境ならば、その個人の適応能力がどんなに高かったとしても、何らかの不適応を起こして抑うつ状態になるのは避けがたいものです。
むしろ、このような異常な環境に身を置いたのであれば、抑うつ状態になることこそが正常な反応だとすら言えます。
このような場合には、適応障害の原因になっているのは、決して個人ではなくて明らかに環境の方だということになります。
さらに言えば、個人も環境も原因ではなくて、単に不幸な組み合わせになってしまったことが原因で、適応障害になることもあります。
突然ですが、みなさんは、忙しい一週間を乗り切った後の休日は、どのように過ごしたいでしょうか。
私は、誰とも会わずに、読書をしたり映画を観たりなどして、ゆっくりと一人の時間を過ごしたいのですが、私の友人のカウンセラーの先生は、「せっかくの休日なのだから、キャンプとかに行って知らない人たちとおしゃべりをして過ごしたい。土日をずっと一人で過ごしていたらつまらなさすぎて落ち込んでくる」などと言います。
人間の性格はさまざまですが、ユングという有名な精神科医は、おおざっぱに内向型と外向型の2つに分けられるといいました。
その違いをごく簡単に言えば、興味関心やエネルギー源になるものが、私のように自分の中にあるのが内向型で、一方で私の友達のように、人と人との交流やつながりの中にあるのが外向型です。
私たちは二人とも心の専門家として性格に関する知識についてもそれなりの自信をもっていましたし、そもそもユングの内向型・外向型なんて、一般の方々も知っているぐらい有名でありきたりな分類なのですが・・・
「え!わざわざ休日に知らない人達と会うだなんて苦痛以外の何物でもない!」
「え!休日をずっと一人でひきこもって過ごすだなんて何が楽しいのか全く分からない!」
・・・と、自分には全く理解できないタイプの人間がすぐそばにいたことに驚いて・・・同時に・・・
内向型と外向型の違いのことを、今まで自分たちは、単に知識レベルで知っていただけで、体感レベルでは全然理解していなかった・・・ということに気づいたのでした。
さて、もしも内向型の私が何らかの事情で医者を辞めることになり、営業職や接客業などに転職して、次から次へと見ず知らずの人たちに話しかけて上手にコミュニケーションをしなければならない環境に身をさらしたらどうなるでしょうか。
想像するだけで私は身震いするほど恐ろしくなります。きっと1ヵ月と持たず、私は適応障害になるのではないかと思います。
一方で、外向型の私の友人のカウンセラーの先生が、やっぱり何らかの事情でカウンセラーを辞めざるを得ず、人形作りの職人や人里離れた天文台の職員にでも転職して、ごく狭い人間関係のなかだけで完結するような仕事をすることになったらどうでしょう・・・
やはりきっと、恐ろしいことになるのではないかと思います。
このように、適応障害には、個人の問題だけではなく、環境の問題が大きい場合もあるし、それどころか、個人も環境も問題ではなくて、単に組み合わせが悪かっただけという場合もあるのです。
ですから、あなたが適応障害と診断されたとしても、あるいは今、これを読んでいる方が、適応障害と診断された方のご家族や、適応障害の職員をもつ管理職や人事担当者である場合でも、「適応障害だからといって個人の適応能力の問題だとは限らないのだ」ということだけは、しっかりと肝に銘じておいていただきたいと思います。
補足
ここで、そもそも内向型の人間が、人付き合いの仕事である精神科診療をできるのか?・・・と疑問にもった方もいらっしゃるかもしれません。
確かに私の興味関心があるのは、(外向型と違って)私が患者さんと仲良くコミュニケーションをすること自体ではありません。
でも一方で、私の心の中には、「みんなが普通の幸せを得られるにはどうしたらいいのだろうか?」という問いが幼少期のころからずっと住みついていて、だから、この問いを追及するためのコミュニケーションは全然苦痛には感じないのです。
私の興味関心は、私の目の前の患者さんが普通の幸せを得られるようになること、そして、目の前の患者さんの普通の幸せを守ることであり、そのための手段として診療をしているワケです。
私の目的は、患者さんと仲良くなってクリニックに長く通いつづけていただくことではありません。
患者さんが普通に幸せになっていただき、クリニックから卒業していただくことが、私の目的です。
そのための手段として行う患者さんとのコミュニケーションや人付き合いならば、私のやりたいことですし、それはとてもやりがいのあることなのです。
ということで私は内向型ですが、こうして精神科診療を続けることができている・・・というワケです。